東京高等裁判所 昭和26年(う)1843号 判決
窃盜罪は不法領得の意思を以て一般の慣習に従い事実上物の支配をする者の意思に反して自己の所持に移すことによつて成立するものである。原判決の認定したところによれば被告人は昭和二十五年一月頃から結城新八の妻つたと懇ろになつたが、右つたが家庭の不満や被告人と夫婦になれないこと等から世を悲観して被告人に死の逃避行を求め、ここに被告人は同年七月三十日右つたと相携えて箱根の温泉等を廻り歩いて所持金を使い果した揚句、同年八月八日午後四時頃原判示仙石原村台ケ嶽の山林内において、つたから「先に自分を殺してくれ」と頼まれてこれを承諾し、所持の拳銃で同女を射殺し(原判示第二)右つたを死亡させた直後俄かに帰郷旅費に充てるため日頃右つたが左薬指及び手首にはめて所持していた原判示指輪一個及び腕時計一個を抜取つた(原判示第三)と謂うのであつて、この事実はいずれも原判決挙示引用の各証拠により優にこれを認め得るのである。
而して一般には財物の占有者が死亡した場合においてそれが人里離れた場所であつた場合には、その占有権を承継取得すべき被害者の相続人その他右財物を現実に支配する者がその場に存在しないから、右被害者の占有していた財物は占有離脱物となるとも考えられるが、前記の如く被告人は嘱託により前記つたを殺害したものにもせよ、自ら右財物の占有離脱の原因たるつたの死を客観的に惹起したのみならず更にその事実を主観的に認識していたのであるから、たまたま同所に来合せた第三者がつたの所持品を領得するのとはその法律上の評価を異にするものと謂わなければならない。本件の場合においてもつたが生前においてその所持する財物を被告人に与えるとの死因贈与契約をなしたことは本件記録を精査しても到底これを認め難いところであるから、つたの死亡により加害者たる被告人がその所持品の所有権乃至は事実上の支配権を取得するものとなすべき何等の根拠がないと謂わねばならない。むしろ、社会通念に照らし被害者たるつたが生前所持した財物はその死亡直後においてもなお継続して所持しているものと解し、これを保護するのが法の目的に叶うものと謂わなければならない。蓋し被害者からその財物の占有を離脱させた自己の行為の結果を利用し該財物を奪取した一連の被告人の行為は他人たる被害者の死亡という外部的事実によつて区別されることなく客観的にも主観的にも利用意図の媒介により前後不可分に一体をなしていると見るのが相当であるから、かゝる行為全体の刑法上の効果を綜合的に評価し、以て被害者の所持をその死亡直後においてもなお継続的に保護することが犯罪の具体的実情に適合し、惹いては社会通念に合致するものと謂うべきである。従つて被告人の原判示第三の行為は被害者つたの所持する財物を奪取したものとして窃盜罪を構成するものとなすべきであるから、これを単に占有離脱物横領罪に過ぎないとなし、刑法第二五四条を適用すべきものとする論旨には到底賛成できない。それゆえ原判決には所論のような擬律錯誤の違法がないから論旨は理由がない。